LOGIN1年生は1階、2年生は2階、3年生は3階と別れているので階段のところでそれぞれ分かれてブーイングを背中に浴びながら自分の教室へと向かう。
1日の始まりはあいさつから。教室の扉を開けて元気よく声を出す。
「おはようございま~す!」
「……あ、おはよ……」
……あれぇ?
ちゃんとみんなおはようってあいさつを返してくれたけど、なんだか元気がないというか声が小さい。
昨日はみんな歓迎してくれたと思ってたんだけど、今日は昨日の雰囲気とはうって変わってなんだか様子を伺われているような感じ?わたし何もしてないよね?
隣の席ということもあって昨日仲良くなった文香ちゃんが恐る恐るとでもいうか少し気を使ったような感じで私に近づき、尋ねてきた。
「あのね、ゆきちゃん。もし間違ってたらごめんなさいなんだけどさ……ゆきちゃんて小さいころ芸能界にいたりした?」
げ!まさかそのことに気づく人がいるなんて!昨日はバレなかったから油断してた。一瞬誤魔化そうかとも思ったけど、いずれバレることだろうし嘘をつくのもイヤなので観念した。
「あちゃー気づかれたかぁ。成長して顔も変わってるからバレることはないと思ってたのに……」
「やっぱり!朝の子供向け番組に出てたピーノちゃんだよね!」
昨日に引き続き教室内は大騒ぎ。どうやらクラス委員長の杏奈ちゃんがなんか似てない?って気づいてみんなに確認し、よく見れば確かに面影があるということでクラス全員の意見が一致したところにわたしが登校してきたのであんな空気になっていたらしい。
「そういえば性別不詳って設定だったけど、本当は男の子だったんだね!髪も今と同じで伸ばしてたし、あんまりにもかわいかったからてっきり女の子だと思ってたよ」
昔から初対面でわたしを男の子だと思った人はひとりもいない。
かわいい女の子ですね、いえ男の子なんです、あんまりかわいいから女の子だと思いましたまでが初対面の人に対する挨拶のテンプレートになっていた。
「そりゃこんな小さいころからこれだけきれいな顔してたらそうだろうねぇ。スカウトだってそりゃされるよね。すごいなぁ。あれってわたしらが幼稚園くらいの時だよね」
当時の写真をスマホで見ながら穂香が聞いてきたが、子役としての活動期間は幼稚園から小学校1年生にかけての実質2年足らずでしかない。みんなよく覚えてたな。しかもそれがわたしだと見抜いたのもすごい。
「めちゃくちゃ流行ったもん。私今でもあのダンス覚えてるよ」
「ふわふわダンスかぁ。小さいころに考えたダンスと歌だから思い出すとちょっと恥ずかしいね」
「今でも踊れたりするの?」
「恥ずかしながら完全に覚えておりまする」
わたしが一度覚えた歌とダンスを忘れることはない。そうするとひさしぶりにピーノちゃんの踊り見たい!という声があがり、他の生徒も乗っかって教室中からの見たいコールに発展してしまう。
いやいや、幼児向けの踊りをこんな歳になってクラスメイトの面前で踊れとかどんな公開処刑?そんなのムリムリムリムリかたつむり。当然ここも拒否権の行使。
「なんで~!生ピーノちゃん見たいのに」
「いやいや、幼児向けの踊りだし恥ずかしすぎるってば。アメリカで出した曲のダンスくらいなら踊ってもいいけど」
しまった。余計な事言った。
「それ見たい!アメリカに行っても芸能界にいたんだね!しらなかったよ」
「でも歌詞は英語だよ?」
ヒットしたわけでもないし、日本での露出なんて皆無に等しかったから知らなくて当然と言っていいだろう。実力不足を痛感してすぐにメディアに出なくなったし。
だけど余計な情報を与えてしまったばかりに今度はクラス全員から『英語でもいいからダンスみせろ』の大合唱。いや、ステージやスタジオならともかく教室で?
「一応スマホに音源は入ってるけど踊るとなったらここじゃ机なんかもあるし狭くて無理でしょ。授業でもないのに体育館使うわけにもいかないし時間もないし」
「それなりの広さがあればいいんでしょ?じゃあ机を片付ければ大丈夫だよね!」
え?
止める間もなく全員が一斉に動き出し、あっという間に机といすが教室の後方にまとめられた。なにその連携力。事前に打ち合わせでもしてたの?手際が良すぎて怖いんだけど。
「準備おっけー!それじゃゆきちゃん、よろしく!」
まったく熱量が高いというか欲望に忠実というか。その熱量を少しは勉強にも向けようね?
でもわたしも元とはいえプロだし、Vtuberとしてデビューする予定の身。
人前で披露することに対してためらいはないので口では仕方ないなと言いつつ、これも一種の前哨戦だと思えばいいかとスマホの音量を最大にして自分の曲をセット。
まさか日本に帰って初のお披露目が学校の教室になるとは思ってなかったけどね。
少しの静寂。期待に満ちた面々。やがて前奏が始まり、脳内に記憶されている歌とダンスはわざわざ思い出すまでもなく声が出て体が動き出す。
テンポのいい曲に合わせてのダンスは足の動きに重点を置いたストリート系。歌の曲調に合わせて踊ることを重視するわたしにとって口パクなんか論外。
脳内のイメージ通りに体を動かすだけなので余計な力も入っておらず激しい動きにもぶれることなく正確に歌い上げる。
先天的な才能に加え、子役時代から毎日欠かさずやってきたボイストレーニングで鍛えられた声量は校内に広く響き渡り、離れたクラスや違う階の教室にも届いていたようだ。
わたしの歌声に釣られて他のクラスや違う学年の人も見に来ている。
驚きと興奮に包まれたたくさんの表情が視界に入り、手が痛くなるんじゃないかと思うほどの熱狂でリズムに合わせて手拍子をしてくれている。
子役時代に神童と言われていたのは伊達じゃない。
研鑽を重ねさらに成長を続けるパフォーマンスは以前より研ぎ澄まされ、詳しくない人が見聞きしてもレベルの高さがわかってしまうくらいになっていた。
アメリカで早々に活動休止してひたすら自己研鑽をしていた成果は着実に実を結んでいる。
4分足らずの時間はあっという間に過ぎ去った。だけど見ていた人たちの熱狂はまだ冷めやらない。
曲が終わったとたんに轟いた割れんばかりの拍手は何も知らない他の生徒や教師がびっくりするほどの大音量になって校舎内に響き渡る。中には涙を流しながら拍手をしている人もいる。
「いや~やっぱ教室で踊るってのは少し恥ずかしいものがあるね」
思ったよりも大きな反響だったのがとても嬉しくはあるけど、同時に少し恥ずかしくなってきたのでそんなことを言いながら照れ笑い。
歌の余韻も冷めやらぬ中、ダンスの邪魔にならないよう距離を取って見ていたクラスメイト達が歓声とともに一斉に集まってくる。すごい、鳥肌が立ったなど口々に賞賛の言葉をかけてくれる。
「感動じだ~!」
文香、号泣!?鼻水出てるって!
ハンカチで拭いてあげながら頭をなでなで。うらやましそうな顔すんな、男子。
「いやホント、ダンスもキレッキレですごかったけど歌がマジでやばかったよ」
「英語だから意味はわかんねーけど、すごい迫力で体震えたな」
だからあんまりべた褒めされると照れるってば。
「ほら、先生来る前に教室を元に戻さないと!」
話題を逸らし、熱を冷ます意味も込めてクラスメートに呼びかけて教室の復旧を呼びかける。
そうこうしているうちに始業のチャイムが鳴り、各自自分の席に着いたはいいものの先ほどの興奮は冷めきっておらず恍惚の表情を浮かべている人ばかり。
ホームルームのため教室に入ってきた瑞穂先生も生徒の様子がいつもと違うことには気付いたようで何があったのか杏奈ちゃんに尋ねる。
「みんなぼーっとしちゃってるけど何があったの?なんかすごい拍手が職員室まで聞こえてきたし」
聞かれた当人である杏奈ちゃん自身もまだ夢見心地でいつものクラス委員としてのしっかりした姿は影もない。
「ゆきちゃんのダンスと歌がすごくて……すごかったんです」
「語彙力が死んじゃうほどすごかったのね……。杏奈ちゃんがこんなになるなんて……。先生も聴きたかったわ」
「音楽の時間が楽しみになりました」
音楽の時間のたびに歌わせるつもりですか?
みんなの前で歌うのが久しぶりだから少し張り切りすぎたかな……。苦笑するしかない。
噂は他のクラスから見に来ていた人などの口コミであっという間に広まり、昼休みにはひよりやあか姉まで知っていた。さすがに広まるの早すぎやしないか。
給食を手早く済ませ、教室の喧騒から逃れて中庭でぼんやりしているとひよりが目ざとく発見して嬉しそうな顔をしながら走ってきた。
「ゆきちゃ~ん!話は聞いたよ!今日は朝からゆきちゃんオンステージだったらしいじゃん?」
「そーなんだよ。子役時代のことがバレちゃって、クラスメートからせがまれて仕方なく」
「プロの歌声だったって噂になってたよ」
まるで自分が褒められたかのように誇らしげな様子。元とはいえ一応プロだったんですが。
子役を引退した当時からいずれはまた世間にわたしの歌声とダンスを届けたいという気持ちはあったから今でも毎日ボイトレとのどのケアはしているし、体力づくりのためのジョギングは欠かさない。
その気持ちと行動、タイミングが結実して今回まずはVtuberとしてだけど歌手としての活動を再開することを決めたのだ。
ちなみにメディアへの復帰を誰よりも喜んで応援してくれているのはひよりだ。
「ゆきちゃんかわいいから顔出ししても大丈夫だと思うし、芸能界に復帰したらまた人気出ると思うんだけどなぁ」
ひよりはわたしが子役をやっていたころ、スタジオに撮影を見に来ては目をキラキラさせて「ゆきちゃんすごーい!」とはしゃいでいたので、人気絶頂にもかかわらず突然引退したことを今でも残念に思っている。
「芸能界にいたころは嫌なこともいろいろあったからねぇ。せっかくの学生生活も楽しみたいし。それに顔出しすると安全面とか心配でしょ。ちゃんと準備するまでは素性を隠しておきたいの。だから外では配信の話はあんまりしないでね」
「準備って黒帯のことでしょ?でもゆきちゃんてばどの道場でも黒帯の人より強いじゃない。アメリカでも続けてたしなんか軍隊のなんとかっていうのにも手を出してたよね」
特に自慢することでもないと思っているのでまだ公言してないけど、わたしは合気道からはじまって柔道と古流柔術、アメリカでマーシャルアーツを習っていた。
「勝てるとしても白帯と黒帯とでは相手に与える威圧感が全然違うからね。抑止力として最初から暴力沙汰にならないようするには黒帯っていう目に見える分かりやすいものを持っていた方がいいの」
柔道も合気道ともに昇段資格は14歳からなので誕生日が1月でまだ13歳のわたしには昇段試験を受けることもできないのだ。
「そんなに強くなって師範でも目指すの?」
「まさか。目指さないよ。黒帯にさえなれれば十分。それ以上を目指そうと思ったら稽古日数が規定日数以上必要だったり大会成績とか貢献度が必要だったりするからね。そこまでやりこむつもりはないよ」
わたしは見た目がこんなんだし、歌手としての活動を優先したいという理由でどの武道の大会にも出場したことがない。合気道には試合がないが、柔道の師範や兄弟子は優勝目指せる実力があるからと出場を勧めてくる。
だけど基本的に争いごとが嫌いな性格だし別に最強を目指しているわけでもないので断っている。暴力や弱い者いじめはもっと大嫌い。わたしはわたしの大切な人を守れるだけの力があれば十分。
「わたしはひよりのお兄ちゃんとして頼りにされるだけの強さがあればそれでいいんだよ」
笑顔でそういうとなぜか腕にしがみつかれた。
(今でも十分頼りになってるよ……)
わたしの腕に顔をうずめて小さな声でぼそぼそ言っているので何を言っているのか聞き取れなかったけど、目の前にあるその小さな頭を優しくなでてあげた。かわいいなぁ。
なんか周囲からため息と尊いとかいう声が聞こえてきたけど、かわいい妹と仲がいいのはわたしの自慢なので胸を張っておこう。
周囲から見たらどう見てもイチャイチャしてるようにしか見えないスキンシップをしているうちに昼休みも終わってしまった。
午後の授業もつつがなく終わり、放課後にカラオケへ行かないかと誘われたけど、今日は稽古もあるし、何より初配信という大切な日なのでまた誘ってねと言いつつ断った。
今朝の様子からするとわたしばっかり歌わされそうな気もするし。独演会ならリスナーのみんなの前でやりたい!
そのころリビングでは今日もちゃっかりわたしたちが集結してライブ配信をテレビの大画面で鑑賞していた。「まぁゆきの場合あれで普通ってのは相当無理があるわな」「ゆきちゃんが普通ならこの世に美人なんていなくなるってもんだよね」「万人が認める美貌」「ゆきちゃんを眺めているだけでなんだか心が豊かになるような気がします。あの類稀なる容姿を今お見せしないのはもったいないなと思っちゃうくらいですね」 ブラコン四姉妹のいつものゆきちゃん自慢。今日は久しぶりの歌と踊りを堪能したのだから礼賛は留まることを知らない。「にしてもアメリカで一旦芸能活動を休止してやたらと歌と踊りの勉強ばっかしてたのは知ってたけど、さすがはゆきというかわずか数年でここまでレベルアップしてるとはね」「歌声聞いてるだけで鳥肌やばかったもん!」「こころにしっかり響いてきた」「元々感受性の豊かな子ですから、楽曲に感情を乗せる方法を覚えたら人の心を震わせるようになるのも納得ですね」「トランス状態っていうの?だいぶ入り込んで歌ってたよね」「あいつの才能は底なしなのかね。どこまでいくのか楽しみだ」 お姉ちゃんたちが一様にうなずく。「ところでさ、ひよりからみんなに提案なんだけど次からはこうやってリビングで見るんじゃなくてそれぞれの部屋で見た方がいいんじゃないかと思うんだけど」「確かに。」「そだな。その方が落ち着いて見られる」「アリバイ工作もしなくてすみますしね」 なんだかんだと理由付けをしてはいるけど要するにみんなゆきちゃんの声を独り占めして自分の世界に浸りたいのはバレバレだよ。 あと、感極まったときのリアクションを見られるのが恥ずかしいので平静を装っているから消化不良気味だというのもあるよね。 特に何も発言はしなかったけど、ゆきちゃんの配信を見て内心一番はしゃいでいたのは実はかの姉だと思う。いつものようにニコニコしてはいるが相当なフラストレーション状態に違いない。 その証拠により姉やあか姉より若干そわそわしてる。1人で見ていたら思い切り悶えていたんだろうな。かくいうわたしも何度叫びそうになったことか。 結局それぞれが思うままにゆきちゃんの歌声に熱狂したいということで来週からは各部屋で鑑賞することに。 ちなみに姉妹の部屋は年頃の女の子はプライバシーも大事だとゆきちゃんが両親と施工業者
昨日の夜、みんなから少し回りくどくてかつそれ以上に温かい励ましをもらったおかげで配信当日の昼間は何も気負うことなく過ごすことができた。 気合を入れて作った晩御飯も会心の出来で幸先も良好。万全の状態で配信時間を迎えることができた。 モーションキャプチャーとヘッドセットを装着してカメラの前で待機、あと数分で生配信が始まる。 子役もやっていたしカメラの前に立つことには慣れているとはいえ、今回は素性を隠してのデビュー。 星の数ほど生まれては注目されず消えていく人も多いVtuberという世界で、ダンスパフォーマンスメインとジャンルまで自分で絞ってしまってハードルはさらに上がっている。 努力を重ねてきたという自信はあるけど、結局音楽の世界は感性の世界。 わたしの感性が今の日本の人々に好印象で受け止めてもらえるのか、不安がないといえば噓になる。 だけどわたしは自分の大好きな歌とダンスを通して人々に元気と幸せを届けるという道を自分で選んだ。そのための努力は惜しんでいない。 勉強に勉強を重ねて知識だけは誰にも負けないほど持っていると思うけど、その知識のかけらを組み立てて世間に認めてもらえるような楽曲を作るのはわたしのセンスだ。 特に気合を入れて作りこんだデビュー曲はまだ姉たちにも聞かせたことはないけど、自分で納得がいくだけのものは作り上げることができた。あとは聞いてもらって評価をもらうだけ。 いよいよ配信の時間がやってきた。軽く深呼吸して配信を開始する。「みんなこんばんわ!雪の精霊がみんなに歌声をお届けするよ!二日ぶりのYUKIですが待っていてくれたかな?今日デビュー曲を披露するってことでYUKIは少し緊張しております」 声震えてないかな、大丈夫か。【がんばって】【楽しみに待ってた】など多数の応援コメントが並ぶのを見て安心すると同時にこの期待を裏切りたくないと気が引き締まる。「登録者千人超えてるのも多いなと思ったけど、同時接続も400人って多くない?半分近くの人がリアルタイムで見てくれてるんだよね?でも初配信が千人記念にもなるなんて、みんなありがとね!」 最初の配信からたくさんの人に聴いてもらえるのは素直に嬉しい。【声もかわいいし期待値高い】といろんな人から期待されているのを見るとさらに気合が入るというものだ。 そのうえ【キリさんがあちこちで宣伝し
「明日からまた歌える」 お風呂に入った後、あとは寝るだけの時間になってわたしはバルコニーから星空を眺めてそうつぶやいた。 そういえば告知の配信からまだ何もしてないのにチャンネル登録者が千人超えるくらいまで増えていたのがどうしてかわからないんだけど、キリママが宣伝頑張ってくれたのかな? それだけ期待もされているようで少し緊張感が高まる。 そんなことを考えながら私は夜空を眺め続ける。 星空を眺めるとき、わたしはキラキラとゆらめく星の光を見つめているわけではない。肉眼では何も見えない虚空の闇をじっと見つめている。 目には見えないけれどそこに確かに存在している、力強く輝く恒星を想像する。 望遠鏡で覗けばどこを見ても星の光にあふれているけど、夜空には肉眼では見えない星の方がずっと多い。その数はそれこそ天文学的数字。 しかも中には昼間地球を煌々と照らす太陽よりも何百倍、何百万倍も明るく輝いている星やほぼ光速の速さで自転して電波を撒き散らかしている星、いままさに燃え尽きようとして大きく膨らんでいる星などいろいろある。 それこそ想像が追い付かないほど多種多様な星が見えない闇の向こうに確かに存在している。 わたしという星も今はまだ世間からは見えない。望遠鏡を覗き込んでも見えるかどうかも分からない小さな点でしかない。 だけどわたしはその程度で終わらない。もっともっと輝きを増していずれは一番星に、いやそれすらも超えて世界中を照らせるような輝きを放つようになりたい、いやなる。 恒星が自分自身を燃料にして輝くように、この命ある限り魂の全てを燃やし尽くして歌い続ける。 明日の夜がスタート地点。生まれたばかりの星として最初の輝きを人々に届ける。 わたしの声が、パフォーマンスが一人でも多くの人の耳に、そして心に響くようわたしは歌い踊る。わたしの光で一人でも多くの人に元気をもらってほしい、前を向く勇気を受け取って欲しい、傷ついた心に癒しを届けたい。 それがわたしの幸せであり、使命。 その輝きで闇夜を昼間のごとく照らしだしてみせる。 恒星に起きる最もまばゆい輝き、銀河全体の光にも匹敵する超新星爆発のように。「こんな時間に何をしてるんですか?風邪ひきますよ」 わたしの思考を中断させたのはかの姉の優しい声だった。「もう四月といっても夜はやっぱり冷えますから、湯冷め
金曜日の放課後。 明日はお休みということもあり、たくさんの生徒が残っておしゃべりしたり休みの日の予定を約束したりしている。 喧騒の中、わたしの名前を呼ばれたような気がしてそちらを向くと男子生徒が数人集まってスマホを覗き込んでいる。 スマホから聞こえてくるのはこの世で一番聞きなれた声。わたしの声だ。昨日の告知の配信を見ているらしい。ちょっと照れるんですけど。「な!この子めっちゃ可愛いだろ?」「絵師は日向キリか。俺も推しの絵師だけど、これはいつもよりクオリティが高いな」 さすがキリママの力作!やっぱりみんなかわいいと思うよね!自分のことのように嬉しい。まぁ自分の分身なんだけど。「それにこの子の声よ!チョーかわいくね?」「キャラによく合ってるな」 わたしがまだ中学生ということもあってキリママの書いた絵も幼い印象だったので、意識して少し高めの声で話してよかった。普段そんなに高い声で話してるわけでもないしこれで身バレすることはないだろう。「歌とダンスが好きなところといい、名前といい、……広沢っぽくね?」 えぇぇ!そんなあっさり……?名探偵すぎない?いやいや、ここは他人の空似ということでしらを切りとおすべし。ワタシカンケイナイ。心を無にしてやりすごそう。 幸い話をしていたのが男子だけだったので、直接聞かれることはなかった。 女子なら遠慮なく聞いてくるけど、男子はいまだにわたしに対して遠慮がち。 女子はもうみんな『ゆき』か『ゆきちゃん』って呼んでくれるのに男子は全員『広沢』って呼んでくるし。広沢は各学年にいるんだけどな。 ともあれ余計な火の粉が飛んでくる前にさっさと退散。(ゆきとひよりはもう待ってる頃かな) そんなことを考えながら急いで教科書をカバンに詰め込む。今日は日直だったので時間が遅くなってしまった。 帰り支度をしているとクラスメートが話しかけてきた。わたしは普段から無口なので友達とおしゃべりに興じることはほぼないんだけど、別に友達がいないとかじゃなく日常会話を交わす相手くらいはいる。「茜ちゃんの弟って確か自分のことを雪の精霊だって言い張ってるって言ってたよね?」 他の話題なら帰り支度を優先するけどゆきのことならいつでも大歓迎だ。他ならぬゆきのことなんだからあの2人ももう少し位は待ってくれるだろう。 弟の魅力はいくら語っても語り
ゆきちゃんがスタジオに入ったのをしっかりと確認してからより姉がわたしに確認してくる。 「それでこっちの手筈は整ってるのか?」 もちろん抜かりはないとばかりに笑顔でサムズアップ。 ゆきちゃんのことに関してはわたしに任せてもらえれば万事大丈夫。マネージャーかってくらい予定を細部まで把握してる。 スマホを取り出し、動画アプリを立ち上げる。そこに表示されている配信者のチャンネル名『雪の精霊/YUKI』「そのまんまじゃねーか!隠す気ほんとにあんのか?」 わたしもまさかとは思っていたがものは試しと検索してみたら一発で見つかったので思わず笑ってしまった。普段から自分を雪の精霊だって言ってるのにそのまんまって。 これでわたし達には秘密にしておきたいって言うんだからどこまで本気なのか疑っちゃうよね。「完璧人間なのに変なところで抜けてやがる」 まぁそういうのもゆきちゃんのかわいいところなんだけどね。「天然さんなのかしらね」 かの姉もくすくす笑いながらスマホを操作してる。「記念すべきゆきの初配信はスマホじゃなくて大画面で見たい」「ナイスアイデア、さすがあか姉!テレビにつなげるね」 アプリを使ってスマホをテレビ画面にリンクさせたところで配信開始3分前。 今頃ゆきちゃんはどんな気持ちでいるんだろうな。 不安半分ワクワク半分ってところかな? わたしもまたこうやって画面の向こうにいるゆきちゃんを見ることのできる日が再び訪れたことをとても嬉しく思っている。 子役の頃から画面の向こうでキラキラと輝いているゆきちゃんを見るのが好きだったから、突然引退したときは寂しくてわたしの方が泣いちゃったくらい。 アメリカではヒットしなかったしすぐに活動休止しちゃったからテレビで見る機会もほとんどなかった。 媒体は変わったけどこうして画面越しにキラキラするゆきちゃんをまた見ることができる。ゆきちゃん本人よりわたしの方が嬉しさで興奮してるかもしれない。「始まるよ」 カウントダウンが終わって画面が切り替わり、さっきゆきちゃんに見せてもらったアバターが画面に大きく映し出された。おー動いてる!『見に来てくれたみなさん、はじめまして~!わたし、今日からVtuberとしてデビューしました雪の精霊、YUKIです!初配信なのに160人も来てくれたんだね!ありがと』 絵師さんの最高
帰宅してすぐに夕食を作り、少ししたら久々に日本の柔道場へと向かう。アメリカでも道場には通っていた。 小さな道場だったから人数も少なくわたしに勝てる人はいなかったので、日本ではどこまで通用するようになっているか楽しみ。 道場に到着してまずは師範に帰国の挨拶。「お久しぶりです、師範。今日からまたこちらでよろしくお願いします」「ゆきちゃん、おかえり。アメリカでも道場に通って敵知らずだったそうだね。みんな君がどこまで強くなっているか楽しみにしているよ」 受講費を支払いに来たお母さんから聞いたのだろう。周囲を見ると先輩たちが笑顔ながらも挑戦的な目でわたしの方を見ていた。「この4年間で腕を上げたつもりではありますけど、今日は皆さんの胸を借りるつもりで自分の力を試したいと思います」 暴力が嫌いとはいえ、試合は別。こう見えてもわたしはけっこう負けず嫌いだ。ここまで挑戦的な視線を向けられたらいやがおうにも燃えてくる。やるからには絶対に勝ちたい。 まずは準備運動をしっかり行って体を温めておく。今日は約束稽古の後に乱取り。約束稽古は技の反復練習なので基本動作の出来や技の習熟度などを図ることができる。 乱取りはだいたいレベルが同程度の人同士で稽古を行うのだけど、今日はわたしがひさびさに帰ってきたから今の力量を図るという意図もある。 約束稽古の出来から見て初段相手で問題ないだろうということで高校2年生の兄弟子と組み合うことになった。 向かい合い一礼をして構える。組み合った瞬間に兄弟子の体のバランスが偏っていることに気が付いたので、そこを狙い崩して投げた。あっさりと一本。驚いた。 兄弟子も簡単に負けたことに驚いたようで再戦。結果5戦やったけど全戦瞬殺。 結果を見ていた2段の兄弟子とも同じく5戦試合をしたけど、その人ですら1分と持たずわたしに投げられてしまった。 道場がざわつく。そりゃそうだ。まだ昇段資格の年齢にすら達していない少年が有段者をいともたやすく投げ飛ばしているのだから。 自分でも己の運動神経の異常さは理解しているけど、武道の有段者相手にも通用するとは驚きだ。 最終的にちょうど非番で顔を出していたうちの道場の最高段位3段保持者の現役警察官、松田さんが手合わせをしたいと名乗り出たことで捨て稽古みたいになってしまった。捨て稽古は勝敗にこだわらず自分より実