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第6話 思わぬデビュー

Author: あるて
last update publish date: 2025-12-14 05:42:37

 1年生は1階、2年生は2階、3年生は3階と別れているので階段のところでそれぞれ分かれてブーイングを背中に浴びながら自分の教室へと向かう。

 1日の始まりはあいさつから。教室の扉を開けて元気よく声を出す。

「おはようございま~す!」

「……あ、おはよ……」

 ……あれぇ?

 ちゃんとみんなおはようってあいさつを返してくれたけど、なんだか元気がないというか声が小さい。

 昨日はみんな歓迎してくれたと思ってたんだけど、今日は昨日の雰囲気とはうって変わってなんだか様子を伺われているような感じ?わたし何もしてないよね?

 隣の席ということもあって昨日仲良くなった文香ちゃんが恐る恐るとでもいうか少し気を使ったような感じで私に近づき、尋ねてきた。

「あのね、ゆきちゃん。もし間違ってたらごめんなさいなんだけどさ……ゆきちゃんて小さいころ芸能界にいたりした?」

 げ!まさかそのことに気づく人がいるなんて!昨日はバレなかったから油断してた。一瞬誤魔化そうかとも思ったけど、いずれバレることだろうし嘘をつくのもイヤなので観念した。

「あちゃー気づかれたかぁ。成長して顔も変わってるからバレることはないと思ってたのに……」

「やっぱり!朝の子供向け番組に出てたピーノちゃんだよね!」

 昨日に引き続き教室内は大騒ぎ。どうやらクラス委員長の杏奈ちゃんがなんか似てない?って気づいてみんなに確認し、よく見れば確かに面影があるということでクラス全員の意見が一致したところにわたしが登校してきたのであんな空気になっていたらしい。

「そういえば性別不詳って設定だったけど、本当は男の子だったんだね!髪も今と同じで伸ばしてたし、あんまりにもかわいかったからてっきり女の子だと思ってたよ」

 昔から初対面でわたしを男の子だと思った人はひとりもいない。

 かわいい女の子ですね、いえ男の子なんです、あんまりかわいいから女の子だと思いましたまでが初対面の人に対する挨拶のテンプレートになっていた。

「そりゃこんな小さいころからこれだけきれいな顔してたらそうだろうねぇ。スカウトだってそりゃされるよね。すごいなぁ。あれってわたしらが幼稚園くらいの時だよね」

 当時の写真をスマホで見ながら穂香が聞いてきたが、子役としての活動期間は幼稚園から小学校1年生にかけての実質2年足らずでしかない。みんなよく覚えてたな。しかもそれがわたしだと見抜いたのもすごい。

「めちゃくちゃ流行ったもん。私今でもあのダンス覚えてるよ」

「ふわふわダンスかぁ。小さいころに考えたダンスと歌だから思い出すとちょっと恥ずかしいね」

「今でも踊れたりするの?」

「恥ずかしながら完全に覚えておりまする」

 わたしが一度覚えた歌とダンスを忘れることはない。そうするとひさしぶりにピーノちゃんの踊り見たい!という声があがり、他の生徒も乗っかって教室中からの見たいコールに発展してしまう。

 いやいや、幼児向けの踊りをこんな歳になってクラスメイトの面前で踊れとかどんな公開処刑?そんなのムリムリムリムリかたつむり。当然ここも拒否権の行使。

「なんで~!生ピーノちゃん見たいのに」

「いやいや、幼児向けの踊りだし恥ずかしすぎるってば。アメリカで出した曲のダンスくらいなら踊ってもいいけど」

 しまった。余計な事言った。

「それ見たい!アメリカに行っても芸能界にいたんだね!しらなかったよ」

「でも歌詞は英語だよ?」

 ヒットしたわけでもないし、日本での露出なんて皆無に等しかったから知らなくて当然と言っていいだろう。実力不足を痛感してすぐにメディアに出なくなったし。

 だけど余計な情報を与えてしまったばかりに今度はクラス全員から『英語でもいいからダンスみせろ』の大合唱。いや、ステージやスタジオならともかく教室で?

「一応スマホに音源は入ってるけど踊るとなったらここじゃ机なんかもあるし狭くて無理でしょ。授業でもないのに体育館使うわけにもいかないし時間もないし」

「それなりの広さがあればいいんでしょ?じゃあ机を片付ければ大丈夫だよね!」

 え?

 止める間もなく全員が一斉に動き出し、あっという間に机といすが教室の後方にまとめられた。なにその連携力。事前に打ち合わせでもしてたの?手際が良すぎて怖いんだけど。

「準備おっけー!それじゃゆきちゃん、よろしく!」

 まったく熱量が高いというか欲望に忠実というか。その熱量を少しは勉強にも向けようね?

 でもわたしも元とはいえプロだし、Vtuberとしてデビューする予定の身。

 人前で披露することに対してためらいはないので口では仕方ないなと言いつつ、これも一種の前哨戦だと思えばいいかとスマホの音量を最大にして自分の曲をセット。

 まさか日本に帰って初のお披露目が学校の教室になるとは思ってなかったけどね。

 少しの静寂。期待に満ちた面々。やがて前奏が始まり、脳内に記憶されている歌とダンスはわざわざ思い出すまでもなく声が出て体が動き出す。

 テンポのいい曲に合わせてのダンスは足の動きに重点を置いたストリート系。歌の曲調に合わせて踊ることを重視するわたしにとって口パクなんか論外。

 脳内のイメージ通りに体を動かすだけなので余計な力も入っておらず激しい動きにもぶれることなく正確に歌い上げる。

 先天的な才能に加え、子役時代から毎日欠かさずやってきたボイストレーニングで鍛えられた声量は校内に広く響き渡り、離れたクラスや違う階の教室にも届いていたようだ。

 わたしの歌声に釣られて他のクラスや違う学年の人も見に来ている。

 驚きと興奮に包まれたたくさんの表情が視界に入り、手が痛くなるんじゃないかと思うほどの熱狂でリズムに合わせて手拍子をしてくれている。

 子役時代に神童と言われていたのは伊達じゃない。

 研鑽を重ねさらに成長を続けるパフォーマンスは以前より研ぎ澄まされ、詳しくない人が見聞きしてもレベルの高さがわかってしまうくらいになっていた。

 アメリカで早々に活動休止してひたすら自己研鑽をしていた成果は着実に実を結んでいる。

 4分足らずの時間はあっという間に過ぎ去った。だけど見ていた人たちの熱狂はまだ冷めやらない。

 曲が終わったとたんに轟いた割れんばかりの拍手は何も知らない他の生徒や教師がびっくりするほどの大音量になって校舎内に響き渡る。中には涙を流しながら拍手をしている人もいる。

「いや~やっぱ教室で踊るってのは少し恥ずかしいものがあるね」

 思ったよりも大きな反響だったのがとても嬉しくはあるけど、同時に少し恥ずかしくなってきたのでそんなことを言いながら照れ笑い。

 歌の余韻も冷めやらぬ中、ダンスの邪魔にならないよう距離を取って見ていたクラスメイト達が歓声とともに一斉に集まってくる。すごい、鳥肌が立ったなど口々に賞賛の言葉をかけてくれる。

「感動じだ~!」

 文香、号泣!?鼻水出てるって!

 ハンカチで拭いてあげながら頭をなでなで。うらやましそうな顔すんな、男子。

「いやホント、ダンスもキレッキレですごかったけど歌がマジでやばかったよ」

「英語だから意味はわかんねーけど、すごい迫力で体震えたな」

 だからあんまりべた褒めされると照れるってば。

「ほら、先生来る前に教室を元に戻さないと!」

 話題を逸らし、熱を冷ます意味も込めてクラスメートに呼びかけて教室の復旧を呼びかける。

 そうこうしているうちに始業のチャイムが鳴り、各自自分の席に着いたはいいものの先ほどの興奮は冷めきっておらず恍惚の表情を浮かべている人ばかり。

 ホームルームのため教室に入ってきた瑞穂先生も生徒の様子がいつもと違うことには気付いたようで何があったのか杏奈ちゃんに尋ねる。

「みんなぼーっとしちゃってるけど何があったの?なんかすごい拍手が職員室まで聞こえてきたし」

 聞かれた当人である杏奈ちゃん自身もまだ夢見心地でいつものクラス委員としてのしっかりした姿は影もない。

「ゆきちゃんのダンスと歌がすごくて……すごかったんです」

「語彙力が死んじゃうほどすごかったのね……。杏奈ちゃんがこんなになるなんて……。先生も聴きたかったわ」

「音楽の時間が楽しみになりました」

 音楽の時間のたびに歌わせるつもりですか?

 みんなの前で歌うのが久しぶりだから少し張り切りすぎたかな……。苦笑するしかない。

 噂は他のクラスから見に来ていた人などの口コミであっという間に広まり、昼休みにはひよりやあか姉まで知っていた。さすがに広まるの早すぎやしないか。

 給食を手早く済ませ、教室の喧騒から逃れて中庭でぼんやりしているとひよりが目ざとく発見して嬉しそうな顔をしながら走ってきた。

「ゆきちゃ~ん!話は聞いたよ!今日は朝からゆきちゃんオンステージだったらしいじゃん?」

「そーなんだよ。子役時代のことがバレちゃって、クラスメートからせがまれて仕方なく」

「プロの歌声だったって噂になってたよ」

 まるで自分が褒められたかのように誇らしげな様子。元とはいえ一応プロだったんですが。

 子役を引退した当時からいずれはまた世間にわたしの歌声とダンスを届けたいという気持ちはあったから今でも毎日ボイトレとのどのケアはしているし、体力づくりのためのジョギングは欠かさない。

 その気持ちと行動、タイミングが結実して今回まずはVtuberとしてだけど歌手としての活動を再開することを決めたのだ。

 ちなみにメディアへの復帰を誰よりも喜んで応援してくれているのはひよりだ。

「ゆきちゃんかわいいから顔出ししても大丈夫だと思うし、芸能界に復帰したらまた人気出ると思うんだけどなぁ」

 ひよりはわたしが子役をやっていたころ、スタジオに撮影を見に来ては目をキラキラさせて「ゆきちゃんすごーい!」とはしゃいでいたので、人気絶頂にもかかわらず突然引退したことを今でも残念に思っている。

「芸能界にいたころは嫌なこともいろいろあったからねぇ。せっかくの学生生活も楽しみたいし。それに顔出しすると安全面とか心配でしょ。ちゃんと準備するまでは素性を隠しておきたいの。だから外では配信の話はあんまりしないでね」

「準備って黒帯のことでしょ?でもゆきちゃんてばどの道場でも黒帯の人より強いじゃない。アメリカでも続けてたしなんか軍隊のなんとかっていうのにも手を出してたよね」

 特に自慢することでもないと思っているのでまだ公言してないけど、わたしは合気道からはじまって柔道と古流柔術、アメリカでマーシャルアーツを習っていた。

「勝てるとしても白帯と黒帯とでは相手に与える威圧感が全然違うからね。抑止力として最初から暴力沙汰にならないようするには黒帯っていう目に見える分かりやすいものを持っていた方がいいの」

 柔道も合気道ともに昇段資格は14歳からなので誕生日が1月でまだ13歳のわたしには昇段試験を受けることもできないのだ。

「そんなに強くなって師範でも目指すの?」

「まさか。目指さないよ。黒帯にさえなれれば十分。それ以上を目指そうと思ったら稽古日数が規定日数以上必要だったり大会成績とか貢献度が必要だったりするからね。そこまでやりこむつもりはないよ」

 わたしは見た目がこんなんだし、歌手としての活動を優先したいという理由でどの武道の大会にも出場したことがない。合気道には試合がないが、柔道の師範や兄弟子は優勝目指せる実力があるからと出場を勧めてくる。

 だけど基本的に争いごとが嫌いな性格だし別に最強を目指しているわけでもないので断っている。暴力や弱い者いじめはもっと大嫌い。わたしはわたしの大切な人を守れるだけの力があれば十分。

「わたしはひよりのお兄ちゃんとして頼りにされるだけの強さがあればそれでいいんだよ」

 笑顔でそういうとなぜか腕にしがみつかれた。

 (今でも十分頼りになってるよ……)

 わたしの腕に顔をうずめて小さな声でぼそぼそ言っているので何を言っているのか聞き取れなかったけど、目の前にあるその小さな頭を優しくなでてあげた。かわいいなぁ。

 なんか周囲からため息と尊いとかいう声が聞こえてきたけど、かわいい妹と仲がいいのはわたしの自慢なので胸を張っておこう。

 周囲から見たらどう見てもイチャイチャしてるようにしか見えないスキンシップをしているうちに昼休みも終わってしまった。

 午後の授業もつつがなく終わり、放課後にカラオケへ行かないかと誘われたけど、今日は稽古もあるし、何より初配信という大切な日なのでまた誘ってねと言いつつ断った。

 今朝の様子からするとわたしばっかり歌わされそうな気もするし。独演会ならリスナーのみんなの前でやりたい!

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