Masuk1年生は1階、2年生は2階、3年生は3階と別れているので階段のところでそれぞれ分かれてブーイングを背中に浴びながら自分の教室へと向かう。
1日の始まりはあいさつから。教室の扉を開けて元気よく声を出す。
「おはようございま~す!」
「……あ、おはよ……」
……あれぇ?
ちゃんとみんなおはようってあいさつを返してくれたけど、なんだか元気がないというか声が小さい。
昨日はみんな歓迎してくれたと思ってたんだけど、今日は昨日の雰囲気とはうって変わってなんだか様子を伺われているような感じ?わたし何もしてないよね?
隣の席ということもあって昨日仲良くなった文香ちゃんが恐る恐るとでもいうか少し気を使ったような感じで私に近づき、尋ねてきた。
「あのね、ゆきちゃん。もし間違ってたらごめんなさいなんだけどさ……ゆきちゃんて小さいころ芸能界にいたりした?」
げ!まさかそのことに気づく人がいるなんて!昨日はバレなかったから油断してた。一瞬誤魔化そうかとも思ったけど、いずれバレることだろうし嘘をつくのもイヤなので観念した。
「あちゃー気づかれたかぁ。成長して顔も変わってるからバレることはないと思ってたのに……」
「やっぱり!朝の子供向け番組に出てたピーノちゃんだよね!」
昨日に引き続き教室内は大騒ぎ。どうやらクラス委員長の杏奈ちゃんがなんか似てない?って気づいてみんなに確認し、よく見れば確かに面影があるということでクラス全員の意見が一致したところにわたしが登校してきたのであんな空気になっていたらしい。
「そういえば性別不詳って設定だったけど、本当は男の子だったんだね!髪も今と同じで伸ばしてたし、あんまりにもかわいかったからてっきり女の子だと思ってたよ」
昔から初対面でわたしを男の子だと思った人はひとりもいない。
かわいい女の子ですね、いえ男の子なんです、あんまりかわいいから女の子だと思いましたまでが初対面の人に対する挨拶のテンプレートになっていた。
「そりゃこんな小さいころからこれだけきれいな顔してたらそうだろうねぇ。スカウトだってそりゃされるよね。すごいなぁ。あれってわたしらが幼稚園くらいの時だよね」
当時の写真をスマホで見ながら穂香が聞いてきたが、子役としての活動期間は幼稚園から小学校1年生にかけての実質2年足らずでしかない。みんなよく覚えてたな。しかもそれがわたしだと見抜いたのもすごい。
「めちゃくちゃ流行ったもん。私今でもあのダンス覚えてるよ」
「ふわふわダンスかぁ。小さいころに考えたダンスと歌だから思い出すとちょっと恥ずかしいね」
「今でも踊れたりするの?」
「恥ずかしながら完全に覚えておりまする」
わたしが一度覚えた歌とダンスを忘れることはない。そうするとひさしぶりにピーノちゃんの踊り見たい!という声があがり、他の生徒も乗っかって教室中からの見たいコールに発展してしまう。
いやいや、幼児向けの踊りをこんな歳になってクラスメイトの面前で踊れとかどんな公開処刑?そんなのムリムリムリムリかたつむり。当然ここも拒否権の行使。
「なんで~!生ピーノちゃん見たいのに」
「いやいや、幼児向けの踊りだし恥ずかしすぎるってば。アメリカで出した曲のダンスくらいなら踊ってもいいけど」
しまった。余計な事言った。
「それ見たい!アメリカに行っても芸能界にいたんだね!しらなかったよ」
「でも歌詞は英語だよ?」
ヒットしたわけでもないし、日本での露出なんて皆無に等しかったから知らなくて当然と言っていいだろう。実力不足を痛感してすぐにメディアに出なくなったし。
だけど余計な情報を与えてしまったばかりに今度はクラス全員から『英語でもいいからダンスみせろ』の大合唱。いや、ステージやスタジオならともかく教室で?
「一応スマホに音源は入ってるけど踊るとなったらここじゃ机なんかもあるし狭くて無理でしょ。授業でもないのに体育館使うわけにもいかないし時間もないし」
「それなりの広さがあればいいんでしょ?じゃあ机を片付ければ大丈夫だよね!」
え?
止める間もなく全員が一斉に動き出し、あっという間に机といすが教室の後方にまとめられた。なにその連携力。事前に打ち合わせでもしてたの?手際が良すぎて怖いんだけど。
「準備おっけー!それじゃゆきちゃん、よろしく!」
まったく熱量が高いというか欲望に忠実というか。その熱量を少しは勉強にも向けようね?
でもわたしも元とはいえプロだし、Vtuberとしてデビューする予定の身。
人前で披露することに対してためらいはないので口では仕方ないなと言いつつ、これも一種の前哨戦だと思えばいいかとスマホの音量を最大にして自分の曲をセット。
まさか日本に帰って初のお披露目が学校の教室になるとは思ってなかったけどね。
少しの静寂。期待に満ちた面々。やがて前奏が始まり、脳内に記憶されている歌とダンスはわざわざ思い出すまでもなく声が出て体が動き出す。
テンポのいい曲に合わせてのダンスは足の動きに重点を置いたストリート系。歌の曲調に合わせて踊ることを重視するわたしにとって口パクなんか論外。
脳内のイメージ通りに体を動かすだけなので余計な力も入っておらず激しい動きにもぶれることなく正確に歌い上げる。
先天的な才能に加え、子役時代から毎日欠かさずやってきたボイストレーニングで鍛えられた声量は校内に広く響き渡り、離れたクラスや違う階の教室にも届いていたようだ。
わたしの歌声に釣られて他のクラスや違う学年の人も見に来ている。
驚きと興奮に包まれたたくさんの表情が視界に入り、手が痛くなるんじゃないかと思うほどの熱狂でリズムに合わせて手拍子をしてくれている。
子役時代に神童と言われていたのは伊達じゃない。
研鑽を重ねさらに成長を続けるパフォーマンスは以前より研ぎ澄まされ、詳しくない人が見聞きしてもレベルの高さがわかってしまうくらいになっていた。
アメリカで早々に活動休止してひたすら自己研鑽をしていた成果は着実に実を結んでいる。
4分足らずの時間はあっという間に過ぎ去った。だけど見ていた人たちの熱狂はまだ冷めやらない。
曲が終わったとたんに轟いた割れんばかりの拍手は何も知らない他の生徒や教師がびっくりするほどの大音量になって校舎内に響き渡る。中には涙を流しながら拍手をしている人もいる。
「いや~やっぱ教室で踊るってのは少し恥ずかしいものがあるね」
思ったよりも大きな反響だったのがとても嬉しくはあるけど、同時に少し恥ずかしくなってきたのでそんなことを言いながら照れ笑い。
歌の余韻も冷めやらぬ中、ダンスの邪魔にならないよう距離を取って見ていたクラスメイト達が歓声とともに一斉に集まってくる。すごい、鳥肌が立ったなど口々に賞賛の言葉をかけてくれる。
「感動じだ~!」
文香、号泣!?鼻水出てるって!
ハンカチで拭いてあげながら頭をなでなで。うらやましそうな顔すんな、男子。
「いやホント、ダンスもキレッキレですごかったけど歌がマジでやばかったよ」
「英語だから意味はわかんねーけど、すごい迫力で体震えたな」
だからあんまりべた褒めされると照れるってば。
「ほら、先生来る前に教室を元に戻さないと!」
話題を逸らし、熱を冷ます意味も込めてクラスメートに呼びかけて教室の復旧を呼びかける。
そうこうしているうちに始業のチャイムが鳴り、各自自分の席に着いたはいいものの先ほどの興奮は冷めきっておらず恍惚の表情を浮かべている人ばかり。
ホームルームのため教室に入ってきた瑞穂先生も生徒の様子がいつもと違うことには気付いたようで何があったのか杏奈ちゃんに尋ねる。
「みんなぼーっとしちゃってるけど何があったの?なんかすごい拍手が職員室まで聞こえてきたし」
聞かれた当人である杏奈ちゃん自身もまだ夢見心地でいつものクラス委員としてのしっかりした姿は影もない。
「ゆきちゃんのダンスと歌がすごくて……すごかったんです」
「語彙力が死んじゃうほどすごかったのね……。杏奈ちゃんがこんなになるなんて……。先生も聴きたかったわ」
「音楽の時間が楽しみになりました」
音楽の時間のたびに歌わせるつもりですか?
みんなの前で歌うのが久しぶりだから少し張り切りすぎたかな……。苦笑するしかない。
噂は他のクラスから見に来ていた人などの口コミであっという間に広まり、昼休みにはひよりやあか姉まで知っていた。さすがに広まるの早すぎやしないか。
給食を手早く済ませ、教室の喧騒から逃れて中庭でぼんやりしているとひよりが目ざとく発見して嬉しそうな顔をしながら走ってきた。
「ゆきちゃ~ん!話は聞いたよ!今日は朝からゆきちゃんオンステージだったらしいじゃん?」
「そーなんだよ。子役時代のことがバレちゃって、クラスメートからせがまれて仕方なく」
「プロの歌声だったって噂になってたよ」
まるで自分が褒められたかのように誇らしげな様子。元とはいえ一応プロだったんですが。
子役を引退した当時からいずれはまた世間にわたしの歌声とダンスを届けたいという気持ちはあったから今でも毎日ボイトレとのどのケアはしているし、体力づくりのためのジョギングは欠かさない。
その気持ちと行動、タイミングが結実して今回まずはVtuberとしてだけど歌手としての活動を再開することを決めたのだ。
ちなみにメディアへの復帰を誰よりも喜んで応援してくれているのはひよりだ。
「ゆきちゃんかわいいから顔出ししても大丈夫だと思うし、芸能界に復帰したらまた人気出ると思うんだけどなぁ」
ひよりはわたしが子役をやっていたころ、スタジオに撮影を見に来ては目をキラキラさせて「ゆきちゃんすごーい!」とはしゃいでいたので、人気絶頂にもかかわらず突然引退したことを今でも残念に思っている。
「芸能界にいたころは嫌なこともいろいろあったからねぇ。せっかくの学生生活も楽しみたいし。それに顔出しすると安全面とか心配でしょ。ちゃんと準備するまでは素性を隠しておきたいの。だから外では配信の話はあんまりしないでね」
「準備って黒帯のことでしょ?でもゆきちゃんてばどの道場でも黒帯の人より強いじゃない。アメリカでも続けてたしなんか軍隊のなんとかっていうのにも手を出してたよね」
特に自慢することでもないと思っているのでまだ公言してないけど、わたしは合気道からはじまって柔道と古流柔術、アメリカでマーシャルアーツを習っていた。
「勝てるとしても白帯と黒帯とでは相手に与える威圧感が全然違うからね。抑止力として最初から暴力沙汰にならないようするには黒帯っていう目に見える分かりやすいものを持っていた方がいいの」
柔道も合気道ともに昇段資格は14歳からなので誕生日が1月でまだ13歳のわたしには昇段試験を受けることもできないのだ。
「そんなに強くなって師範でも目指すの?」
「まさか。目指さないよ。黒帯にさえなれれば十分。それ以上を目指そうと思ったら稽古日数が規定日数以上必要だったり大会成績とか貢献度が必要だったりするからね。そこまでやりこむつもりはないよ」
わたしは見た目がこんなんだし、歌手としての活動を優先したいという理由でどの武道の大会にも出場したことがない。合気道には試合がないが、柔道の師範や兄弟子は優勝目指せる実力があるからと出場を勧めてくる。
だけど基本的に争いごとが嫌いな性格だし別に最強を目指しているわけでもないので断っている。暴力や弱い者いじめはもっと大嫌い。わたしはわたしの大切な人を守れるだけの力があれば十分。
「わたしはひよりのお兄ちゃんとして頼りにされるだけの強さがあればそれでいいんだよ」
笑顔でそういうとなぜか腕にしがみつかれた。
(今でも十分頼りになってるよ……)
わたしの腕に顔をうずめて小さな声でぼそぼそ言っているので何を言っているのか聞き取れなかったけど、目の前にあるその小さな頭を優しくなでてあげた。かわいいなぁ。
なんか周囲からため息と尊いとかいう声が聞こえてきたけど、かわいい妹と仲がいいのはわたしの自慢なので胸を張っておこう。
周囲から見たらどう見てもイチャイチャしてるようにしか見えないスキンシップをしているうちに昼休みも終わってしまった。
午後の授業もつつがなく終わり、放課後にカラオケへ行かないかと誘われたけど、今日は稽古もあるし、何より初配信という大切な日なのでまた誘ってねと言いつつ断った。
今朝の様子からするとわたしばっかり歌わされそうな気もするし。独演会ならリスナーのみんなの前でやりたい!
ホテルの部屋でお菓子パーティー。「それじゃ、女子会始めるぞ~」「「「いえーい!」」」 女子会じゃねー! ここに! 男の子が! いますから! 忘れんな!「まぁまぁゆきちゃん、見た目だけの話だから」 そうか、見た目だけならまぁ。 とでも言うと思ったか?「はい、ゆきちゃん」 かの姉にチョコレートを口に放り込まれた。うん、美味しい。「ゆき、餌付け」 違うわ。 まぁ甘いものを食べると大人しくはなるんだけど。これって餌付け? コンビニでかの姉の見つけたフルーツジュースが美味しそうだったので、いろんな味のものを買い込んできた。 わたしが最初に飲んだのはシャインマスカット。渋味のないブドウの味が爽やかで、あっという間に飲み干してしまった。おいちい。 ひよりもいよかんをすっかり飲んでしまっている。そんなに美味しかったのか。柑橘系好きだもんねぇ。 あか姉はパイナップル。普通のジュースなんだけどあか姉が飲むと独特だなぁと思ってしまうのはなんでだろう。 でも不思議なことにこのジュースを飲んでると、塩気の物がほしくなるんだよね。なんでだろ。 梨味のジュースを飲みながらより姉の買ってきたビーフジャーキーをガジガジ。普段はこういうものをあんまり食べないんだけど、体が塩分を欲しているような気がする。「ゆきちゃ~ん、なんだか気持ちよくなってきちゃった~」 そう言ってひよりがしな垂れかかってきた。なんか最近こういうシチュエーションになったことがあるような気もするけど、まぁいいか。楽しいし。 梨味のジュースもすぐに飲み終わり、次に手に取ったのは白桃。桃の味ってなんだか優しくて懐かしい気持ちになるよね。「こんなおいしいジュース初めてかも~。地元にも売ってるのかなぁ」 缶を眺めて商品名を確認。なるほど、日本のプレミアムということで産地の名前が記載されている。わたしが今飲んでる白桃は福島県産なのね。 震災から復興してる街を応援するためにもどんどん飲まないと。「わたしなんだか熱くなってきたかも。少し脱ごうっと」 女装して出かけていたのでインナーに来ていたのはキャミソール。「あははは。男の子なのにキャミソールって! おかしー!」 自分の姿が妙におかしくなってしまい大爆笑。なんだか気分もいいし、下も脱いじゃおう。「あははは! キャミにドロワーって! どこ
「ふわぁ~気持ちいい~」 フラフラのより姉。「あははは! よろこさん酔いすぎです~」 かの姉、あんたもだよ。誰だよろこって。呂律が回ってねー。 わたしがより姉に肩を貸し、かの姉にはあか姉が肩を貸している。ひよりにはお水と万が一に備えてのエチケット袋を用意させてある。「真っすぐ歩け酔っ払いども!」「あたしは真っすぐ歩いてるぞ~。道が曲がりくねってるのが悪いんだぁ」「そうですよねぇ。S字クランクが連続してます~。教習所ですかぁ?」 一般道だよ。道もこれ以上ないくらい真っすぐだよ。 酔っ払いどもをどうにか電車に押し込み、ホッと一息。Suicaくらい自分で出せっての。 電車内は人でごった返している。地元の球団のユニホームやメガホンを持った人が多いのは試合でもあったのかな? そういえば今年は成績が良くて、優勝も視野に入ってるんだっけ。野球はあんまり詳しくないから分かんないけど。「ちょっとより姉。ちゃんと立って。電車内で座り込んだらダメだって」 足に力が入っていないのか、放っておくとずりずりと沈み込んでいってしまう。「ゆき~だっこ~」 人がいっぱいの車内で何言ってんだ。「あれ、YUKIちゃんやん」「ほんまや。生で見たらめっちゃ可愛い」「やっぱり姉ちゃん達と仲ええんやなぁ」「YUKIちゃんって男の娘やろ? ハーレムやん」 ハ、ハーレム!? そ、そんな風に見えるのか? アラブの石油王じゃあるまいし……。「そうかな。どう見ても百合にしか見えやんよ」「確かに! 百合の園やわ」 ですよねぇ。知ってました。「そういやユニバのナイトショーに出てたんやろ? うちも見に行きたかったわぁ」「ほんまに? それは行きたかったな。またやってくれへんのかな」「急遽決まったみたいやし、無理ちゃうかな」 漏れ聞こえてくる情報からすると、先日のナイトショーは結構な評判になっているようだ。 またやって欲しいという声はありがたいけど……。「ゆきちゃんよかったね。好評だったみたいじゃん」「……そうだね。みんなが楽しんでくれたならよかったよ」「また、やりたいんじゃないの?」「ううん、そんなことないよ。あの日一日で十分だよ」 わたしは本当に嘘つきだ。本当はステージに立ってみんなに歌声を届けたい。 だけど、わたしにはその機会は永遠に訪れることはないんだ。「ゆきちゃ
スイーツ巡りを堪能した後、腹ごなしも兼ねてあちこちを散策して回った。 普段はあまり行かないゲーセンでリズムゲーをしたり、ボーリングやビリヤードで体を動かして消化を促す。 三時間もする頃にはお腹が空いてきた。「もう腹減ったのかよ。どんだけ胃腸が丈夫なんだ」「健康優良児と言ってくれるかな」「まぁいいけどよ。それで、何を食べたいか決めてあるのか?」 今日出かける前に、それぞれ何を食べたいかを決めておくようにと言われている。 わたしもいろいろ探してたんだけど、さすが大阪。食べたいものがいろいろありすぎて困っちゃう。「わたしはまだ決めきれてない……」「なんだ、いつも率先して決めるゆきにしては珍しいな」 だってどれも美味しそうなんだもの。「わたしはお好み焼きが食べたいです」「またかよ! 楓乃子は昼にも食べてただろうが。どんだけ粉もんが好きなんだ」 わたしも一口もらったし、お好み焼きはどっちかというとお昼ごはんにでも食べたいかな。「もつ鍋」「相変わらず選択が渋いな、茜。たしかに美味そうだな」 もつ鍋は候補に入ってなかったけど、確かに美味しそう! 悩みが増えてしまった。「わたしはね! 串カツが食べたいなー!」 それそれ! 大阪といえば串カツだよねー。でもてっちりとか、居酒屋で土手焼きなんかも美味しそうなんだよね。「ひよりはあたしと同じだな。それで、ゆきはどうする? 今のところ串カツに二票だが」「うーん、うーん」「どんだけ悩んでるんだ。ちなみに候補はいくつあるんだ?」「居酒屋てっちりもつ鍋串カツかすうどんイカ焼き中華肉吸いたこ焼き……」「待て待て待て。いくつ出てくんだよ。呪文みたいになってるじゃねーか」 体がいくつも欲しい。「ゆきの候補にもあったし、二票入ってるし、串カツにするか。ゆきも別に文句はねーだろ?」 あの呪文をちゃんと聞きとってたのか。より姉もやるな。「もちろん! ソースは二度漬け禁止だからね」「それくらい知ってるっての。全体をひたひたに漬けて食べるんだろ」 より姉のことだから何度もじゃぶじゃぶ漬けるんじゃないかと心配だったけど、それくらいは知っているようだ。「それじゃ、さっそく向かおうか! お店はあたしが探してあるからよ」 おぉ、より姉がリーダーシップを発揮している。 さすが長女、頼もしい。 わたし達は
「うん、美味しそう!」 ずらりと並んだ多種多様な食べ物。 普段あまり口にすることのないいろんな料理を前にして、期待を隠せないわたし達。 わたしが注文したのはボタニカリー。 鶏がらスープに玉ねぎ、野菜、スパイス、ハーブが煮込まれていてスパイシーで美味しいし、副菜がアートのように盛り付けられている。 より姉はシンガポールチキンライス。 かの姉はお好み焼き。 あか姉はキーマカレー。 ひよりはハラミ重と黒毛和牛フィレステーキ トリュフがけ。「ステーキはみんなで食べようね」 そう言って購入しようとしているのはいいけれど、お値段がべらぼうに高い!「ちょっとひより、お小遣い大丈夫なの?」「そろそろなくなりそうだから、ゆきちゃんに借りないとダメかも」 そう言って苦笑いするひより。苦しいなら無理してステーキなんて注文しなくていいのに。「だってみんなでシェアするもの欲しいじゃない」 そんな可愛らしいセリフを言われては止めることもできない。 もう、みんなのことを考えてくれるのは嬉しいけど、やりすぎだよ。「そのステーキはわたしが買うから。ひよりはこの後に行くデザートでお金を使いなよ」「そんな悪いよ。わたしが勝手に買おうとしてるだけなんだし」「みんなのためでしょ? わたしもみんなと食べたいから買うだけだよ」 みんなで食べるものを末っ子に負担させるというのもなかなかに目覚めが悪い。 ここは一番経済力のあるわたしが出してもみんなから異論は出ないだろう。「ゆきちゃん、ありがとう」「いいんだよ。どれも美味しそうだね」「うん!」 元気よく返事をするひより。ほんとに良い子だ。 フィレステーキも含め、みんなでシェアした料理を堪能してお昼ご飯の時間は過ぎていった。「さて、いよいよ今日の本番だね!」「昼飯食ったばっかじゃねーか。もう食べ歩きすんのか?」「もちろん! 時間は有限、甘いものは別腹! 時間の許す限り食べつくすよ!」 すでに候補は三つほど見繕ってある。あとは観光がてらにあちこち探し回るのもいいだろう。 ということで最初に向かうはハービスプラザ四階にあるチョコレート専門店。 わたしはショコラパフェ、ひよりはチョコラータケーキ、あか姉はタルト・オ・ショコラ。 より姉とかの姉はハーブティーのみ。「せっかくスイーツを食べに来てるのにもったい
大阪旅行も半分を過ぎてしまった。 明日にはもう帰りの電車に乗っているのかと思うと、少し寂しいものがある。考えてみればいろんなことがあったな。 たくさんのことがありすぎて、まだ四日目だというのが信じられないくらい。もう二週間近く経ったような……。そんなわけないよね。 今日はいよいよ食べ歩きの日……なんだけどまだみんな眠っている。 とっくに朝ごはんの時間は過ぎており、誰も起きる気配がないので一人で食べに行った。 なんでこんなことになったかというと。「はい、ひよりさん、茜、お茶入れましたよ」「あ、かの姉ありがと。ん? なんだか変な味のするお茶だね」「これは……おいしい」 かの姉が淹れたのはただの烏龍茶のはずなんだけど。変な味のする烏龍茶ってなんだろう。 まぁみんな機嫌よく遊んでるし、わたしもテレビを見ていよう。 と、思っていたんだけど。 しばらく時間が経って。「あはははは! なんだかわかんないけどおかしー!」「えへへへへ。ひよりご機嫌」 いや二人ともご機嫌になってるし。何があった。「ゆきちゃ~ん」 突然ひよりが飛びついてきた。めっちゃ懐いてくるし。って酒くっさ!「ちょっとかの姉! 二人に何飲ませたの!?」 犯人はやつしかいない。さっき飲ませてた烏龍茶に何かあるはずだ。「わたしは依子さんが作ったお茶を二人にお渡ししただけですよ~」 なんだかいつも以上にフワフワした感じで応えるかの姉。この状況で嘘をつくとは考えにくい。 となると下手人は決まったようなものだ。「より姉?」「なんだよ。あたしは楓乃子が飲むと思ってウーロンハイを作ってやっただけだっての~」 やっぱりお酒じゃねーか! しかも微妙にどっちが悪いと決めにくい状況にしてやがる。狙ってるのか?「そんなことよりゆきも飲めよ~」「未成年に勧めるなって前から言ってるでしょ! 飲ませるのも犯罪なんだからね!」 ほんとにこの酔っ払いどもめ。あか姉とひよりも出来上がってしまったのか、上機嫌で笑っている。何が可笑しいのやら、ちょっと怖い。「さっきのお茶もっと欲しい」「あか姉はそれ以上のんじゃダメだってば!」 おかわりをせがんでくるあか姉を阻止。ひよりも飲みたそうにしてるけど、ダメだからね。 だけど初めて飲んだお酒はなかなか体から抜けないのか、その後もしばらくどんちゃん騒ぎ
大阪滞在三日目。 昨日までのテーマパークを離れ、今日はまず水族館にやってきた。「でっかーい!」 ひよりがジンベエザメを見て歓声を上げる。「ジンベエザメは魚の中で一番大きい生物だからね。飼うのが難しいから、日本でも三カ所かでしか見られないんだよ」 全て西日本に集中していて、東日本では見ることが出来ないらしい。 しかも残りは鹿児島と沖縄だから、東日本から見に来ようと思ったら大阪が最寄。「ん? 一番大きい魚はクジラじゃねーのか?」「え?」「お?」 おいおい、マジか。「より姉、クジラは哺乳類だって知らないの?」「そうなのか? じゃーサメも哺乳類なのか?」 サメは魚だって言ってんでしょうが。「サメは卵で子供を産むんだよ。キャビアとか知ってるでしょ。卵じゃなくって子供をそのまま産むのが哺乳類。母乳をあげる動物だね」「水の中で産むのか。溺れねーか?」 どこまで本気なんだろう、この人。「もともと水の中に住んでるんだから大丈夫だよ。まぁ母乳は海水中に出して、赤ちゃんは海水ごと飲むらしいけどね」「マジか。しょっぱいミルクだな」 だから海水の中に住んでるって言ってんだろ。四六時中しょっぱいわ。 意識してるのかわかんないけどちょいちょいバカを発揮してるよなぁ。 会話が聞こえてしまったのか、周囲の人がくすくすと笑っている。ちょっと恥ずかしい。「次行こうか。ほら、あっちにクラゲの水槽があるよ。わたしクラゲ見たいな」 より姉の腕を取って連行。バカなことばっかり言ってないで、幻想的な光景を見て心を洗ってください。「おぉ。クラゲだ」 そのまんまやんけ。 もうちょい他にないのか。「ほらほら、半透明でキレイでしょ。触手には毒があるけど、見てる分にはキレイだよね」「まぁキレイと言えばキレイだが。……こいつらがいる意味ってなんだ?」 また身も蓋もないことを。「ぷかぷかと漂ってるだけだろ。ちゃんとメシ食ってんのか」 クラゲをじっと見つめてご飯の心配をしてあげる女性の図。プランクトンとか教えても「どこに口があるんだ」とか言いそう。「ずっとふよふよしてるだけで気楽そうだな。何のために生きてるんだろうな」 クラゲの生きてる意味を真剣に考える人なんて初めて見たよ。 彼らには脳がないからそんなことを考えることもないんだろうけど。 生きてる意味か。